撮影

自分が会社にいる時に使ってきたカメラのことを思い出していました。
1992年に入社して最初は SONYのセパレート型カメラ(カメラとビデオデッキが別々になっている)、DXC-3000で撮影していました。
DXC-3000は肩にのせるショルダータイプ(肩にのせるタイプ)のカメラで、当時広まり始めた『CCD』※1)というセンサーの『撮像板』カメラです。
カメラをライトや太陽などの光源に直接向けると、『スミア』という上下に一筋の白い線が出る現象が起こりました。
白い筋が出た部分の映像は白い筋として記録してしまうので、これが『CCD』の弱点と教えられたものです。
このカメラは軽いという利点もあってずいぶん長いこと使いました。
ただセパレート型カメラというくらいですから、カメラとビデオデッキが別々になっていて、『カメラケーブル』という缶コーヒーくらいの太さの専用ケーブルをそれぞれに繋ぐことで初めて録画できるというカメラです。
当時は放送用以外ではまだ一部にしか業務用一体型 カメラはありませんでした。
カメラとビデオデッキが別々というのは、ほとんどの機材がコンパクトになった今では考えられないぐらい不便で、ビデオデッキの大きさも今の家庭用のインクジェットプリンタぐらいあり、重くて放送用カメラがうらやましくて仕方がありませんでした。
近年は超小型カメラと記録部分がケーブルでつながれているものをセパレート型カメラと呼びますがそれはもう用途が違います。
現在では放送局のスタジオカメラくらいがカメラケーブルを使っているんでしょうか。
そのうちにDXC-M3やDXC-M7という画質がいい『撮像管』※2)という真空管のようなガラス管を使用したカメラを使わせてもらえるようになりましたが、本体がとても重いこともあって機材が足らない時にだけ使ったものでした。
このカメラは光源をを撮り続けていると『焼き付き』現象が起きてしまったり、光を撮ってカメラを動かすと残像光が流れる現象が起きたりと弱点がありました。

ビデオデッキは当然ビデオテープを使っているので、テープの出し入れやローディングといってビデオテープを入れた時に録画できるように、カセットからテープを引き出す動きがあったり、とにかく動かす部品が多いので『ギアが摩耗した』『ヘッドが消耗してノイズが出た』『巻き取り機構が狂った』とか故障も多く非常に慎重に運用していました。

ビデオテープは3/4インチテープ 通称『シブサン』と呼ぶB5サイズぐらいの大きさのカセットで、録画時間が最大20分という今では考えられない長さしか録画できないテープでした。
名前の由来は幅が1インチ(25.4mm)の3/4幅(19.5mm)だからということで、SONYの商標はローディングが『U字』になっていることから『Uマチック』※3)というものでした。
長時間の収録には不向きで大きなテープを何本も用意していないといいけないこと。
カメラの大きさ以上の容積ですので、保管場所も取るなど不便でした。
またテープ交換をする人や、先ほどのカメラケーブルをさばく人がカメラマン以外にも必要になるなど人員確保も大変だった記憶があります。

※1『CCD』wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/CCD%E3%82%A4%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%B5

※2 『撮像管』wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%92%AE%E5%83%8F%E7%AE%A1

※3『Uマチック』wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/U%E3%83%9E%E3%83%81%E3%83%83%E3%82%AF

撮影

梅の花が咲くところを定点撮影しようとカメラをセットしたが、何が不調か分からないけれども撮れなかった。(これについては原因究明が必要。)
まだこれから咲くのもあると思って樹の上方へ向けて撮影してみました。

カメラは台湾BrinnoのBCC100を使用。
定点撮影でよく使われる防水ケース付きのカメラです。

ごらんのとおり太陽が当たっていない時はシルエットのようになる。
そのためか梅というより雲のタイムラプスを撮ったようになっていて、花もよく見えないしイマイチ何がしたいか分からない映像になってしまった。
空向きの撮影で露出補正をするとどうなるか、こういう定点観測ではあまり空にカメラを向けることが無いので実験が必要だと思う。
雨粒については対策がないものだろうか。器具を作ってひさしで防ぐしかないか?

来年はもう少し梅の花そのものをクローズアップして撮影しよう。

未分類

名古屋のテレビ局では平日夕方16:00から『水戸黄門』を再放送している。
もともとの放送は自分が生まれる前から40年以上続いたものだ。
話数もたくさんあるので再放送も繰り返し繰り返ししてきたのは知ってい大変。
光圀公や助さん格さんも代替わりしても基本設定は同じなれども、お銀(お絹)がいつごろから出始めたのかも知らないし、いつの間にかうっかり八兵衛や弥七がいなくなり、映像もフィルムでの撮影からビデオ撮影になって、映像の質感のせいかコントのように感じていたりもした。
時は経ち、近年どうにか『フィルムの質感』を取り戻したという話を聞いたりしたものの、ついに月曜夜八時という放送枠そのものが無くなって40年以上の放送も終了してしまった。
番組自体は子供の頃は見ていたけれど、映像を作ろうと思い立つ頃には、よくもまあ同じ話を延々と作れるものだと思い本当にまったく見ることはなかった。

もちろん放送終了も話題になったので知っていたけれどその時点では気にも留めていなかった。
ただずっと再放送だけは繰り返し何年も続いているので、ある一定の年齢層の方々からは夕方16:00からは『水戸黄門』というのが体に染みついているようである。
それというのも義父が入っていた介護施設にその時間帯に妻の付き添いで尋ねると、共有ルームのテレビで同じ施設にいる皆さんが『水戸黄門』を楽しみに待っているという話を聞いたし、何度か実際に見たりした。
当時 土日出勤で平日休みの会社員だったので、平日はよく施設に行っていたのでそんな光景をよく目にしていた。
残念ながら義父は2011年4月に亡くなってしまったが、その約1か月前の東日本大震災からあとは水戸黄門だけでなくそのほかの放送も無く、震災と日常の区別があまり無いあの施設の皆さんがどうしていたか記憶にない。

それから月日が経ち、ある日の再放送で何年かぶりに見た❝東野黄門❞のとんでもなさに圧倒されてしまった。
あれ!なんだ!何かすごいぞ!こんなに作法やしぐさがキレイだったっけ?
お百姓さんは目上の人の前では頬かぶりを外し、女性や老人は頭巾を取る。侍が刀の鯉口を切ると緊張感が走り。髷は毎朝中間の者が結う。ふすまを開ける閉めるなんて簡単なことや、荷駄を担ぐ棒を前後同じ側の肩に乗せているし、大工さんの道具の持ち方ときたら驚愕ものです。
フィルムの質感といい、あの子供の頃に何気なく見ていた『水戸黄門』がこんなに面白かったなんて!自分が年を取り時代劇の「見方」が変わったんだろうけれども……。
それから木下忠司の音楽が映像が新しくなっていてもつけられていて、耳に残っていることも大きいんでしょうか。
その後は、いくら結末が同じでも弥七がいなくてもビデオ映像でも、それまでの時間を取り戻すがごとく、見られるときは見て「ああ今日も観終った」と思うものでした。

そして先日その再放送が2019年3月いっぱいで終了することが発表されました。
それで知ったのですが、再放送が始まってから実に45年!45年もの間、繰り返しとはいえ夕方16:00の定番として本放送より長い期間我々を楽しませてくれていたのです。

未分類

3DCGの実験。
なんだかわからないものを実験的に作った。

今回は光の屈折を試してみたけど透明ガラスの中の玉があり、その球が屈折しているように見せるのが目的。
物体そのものは意味がないものです。

制作ソフト=cinema4D、制作時間=約1時間

編集

フリーランスになってから見積書を作る時に『編集』に関してはどういう考え方で価格設定にしたらいいか迷ってしまいました。

この『編集』というのが千差万別、複雑怪奇で、材料は自分で撮影したものの場合もあれば、他の動画専門カメラマンさんが撮影したものだったり、さらに動画ではなくスチルカメラマンさんが撮った写真をスライドショーにしたり、イラストをアニメーションにすることもあります。
また尺(映像の長さ=時間)も例えば『講演会/90分』、『スライドショー/2分』、『結婚式・披露宴/2時間半』とか様々な長さがあります。
その上で撮影時にできない合成や映像効果(キラキラと星を飛ばしたりとか)、字幕を入れたりナレーションや効果音、音楽などの音も入れ込んだりすることも編集の範疇に入ります。
編集方法も「音楽に合わせて」編集したり、台本があったりなかったりします。

編集作業のイメージ

そんなわけで『編集』とひとことで言っても、考え方一つで価格設定も様々。
例えば

・一律で1時間○○円の時間制にする。
・案件の難易度に合わせて“どんぶり勘定”で変動させる。
・予算に合わせて辻褄を合わせる。

しかしどうもどれにも納得できません。
困りました……。
価格設定は品質としても評価されるとっても大切なこと。
どうやってお客様にその価格を理解して納得していただけるか?
どうしたらいいか考えた末に、これまでどうして編集してきたか工程を振り返ってみることにしました。

編集はまず上に記したように様々な材料の動画・写真・イラストを集めて『0』から作り上げる初回の編集。
ここが一番の手がかかるクリエイトしていく工程。これをまずお客様は初めて見るので力が入ります。
それを見たお客様の判断で追加や削除などの指示が入り、2回目の編集をします。
編集したら速やかに提出し、それからさらに3回目、4回目と繰り返してだんだん完成に近づけていきます。
最終的に音楽やナレーションなどを入れて完成となります。
こうして振り返ってみると“自分がどこに苦労しているか”がだんだん分かってきました。

この中でやはり初回編集の『0から作る』苦労が一番です。
そこでこのクリエイトすることを重視して、初回編集を『0から作る』費用として一番高い価格設定にしました。
そして2回目以降は『校正編集』として少し抑えた価格設定にしました。

こういう価格設定は何が正解か分かりません。
場合によって2回目以降の校正分量が多く、もう一度『0から作る』のと同じようなことになるかもしれませんが……。
そうならないためにもお客様へのヒヤリングはとっても大切で、もしかしたら一番の肝はヒヤリングなんでしょうか?

撮影

1ヵ月間休みましたが、復活します。

今年撮影したものを記しておきます。

●建築物=犬山城・名古屋城・岐阜城・大垣城・清洲城・郡上八幡城・真清田神社・ロボット水門・一宮駅・岐阜駅・金の信長像・岐阜ツインタワー

●自然=養老の滝・日本ライン(木曽川)・モネの池・御手洗滝

●植物=もみじ・イチョウ・コスモス・バラ・ヒマワリ・彼岸花・どんぐり・稲・銀梅花

●動物=白鳥・黒鳥・鳶・百舌・カメ・青鷺・ヌートリア

全部素材として使えるように撮った4K映像です。

myrteとは?

昨日撮影の銀梅花(ギンバイカ)です。やっと熟しました。ブルーベリーのような実です。

撮影

一眼レフカメラで動画が撮れるようになってずいぶん時間が経ちました。初期は撮影時間が極端に短いとか、音の収録がダメとかそんな噂をたくさん聞きました。しかし 映像を見るとレンズを使い分けた『これぞ映画』という映像に当時はしびれたものです。

あの映画もこの映画も一眼レフカメラで撮影したと聞くと『いつか自分も』と思ったものです。ただ本格的に撮影するとなるとレンズを揃えたりしなければならず、結構高価になってしまうので個人が買うにはなかなかハードルが高いこともあり、買えないまま時は過ぎました。最近はミラーレス一眼でも動画撮影をすることができるようになり、価格も安くて手を出せそうになってきました。手に入れるのはもう少し先になりそうですが、試してみたいものです。

あ、特にあの映画、この映画の『あの』『この』に特定の映画は無いです。念のために。

未分類

先日撮影した映像データ(コンテナ=mp4 /コーデック= LongGOP)が、撮影をご依頼くださったお客様から編集できないというお声をいただきました。詳細を伺ったところ『映像データそのものはメディアプレーヤーで再生はできるけど、編集ソフト( Grass Valley EDIUS) で読み込めない』ということでした。 調べてみると ご依頼いただいたお客様はEDIUSの少し前のバージョンを使用されていて、私はEDIUSを今年7月に導入したので、その間に発売された私のカメラはお客様のEDIUSには対応していないということでした。

対処方法として私ができることは① 撮影時に編集できる AVCHD 形式で撮影する②撮影済み映像データを預かり、Grass Valley HQX / aviやmp4 /H.264 などお客様が編集できるデータに変換し返却する。ことが考えられます。そこで①は撮影終了後なので無理なので、今回は②を選択し変換してお渡しすることにしました。しかしこの方法は容量が大きくなることからSDカードなどでは無理なのでHDDやSSDが必要ですのでご相談したところ、とりあえず今回はお客様がHDDをご用意くださいました。

問題は今後です。撮影だけの依頼の場合編集ソフトのバージョンを注意しないと同じ事になるので、事前の編集ソフトの確認やデータチェックをしたり、自分でHDDを準備することも必要かもしれません。

メーカーは新しい形式のものをどんどん出してきますが、それに対応できる編集ソフトは常に最新版のみということになっています。このままいくと自分の環境も新しくし続けないといけなくなります。ある意味やって当然なことですがこれまでのバージョンUPの状況を見るとコストに見合うバージョンUPではない感じです。これはやっても意味がないと思えるので以前のバージョンでキープすることになってしまいます。Adobe製品のようにされても困りますので、メーカー側のコストがかかるかもしれませんが、そのバージョンごとに発展させる方法とかで対応してもらえるといいのですが。

撮影

名古屋城へ行きました。天守閣は木造に作り替える工事が始まって入場できなくなっていましたが、建物自体はまだあるので外から見ることができました。

石垣に足場が

お濠には以前からいた鹿がいて、夏の間育ちに育った豊富な草を食べていました。昨年来たときは二頭いたのにこの日に見かけたのは一頭のみ、もう一頭はどうしたんでしょう?

鹿

さて、天守閣には入れなくなっていますが、代わりに今年完成した本丸御殿は入場料だけで見られることになっています。本丸御殿には数多くの襖絵や欄間などの装飾が戦災を逃れて残されていて、模写やデジタルコピーで展示されていてます。見学した当日には本物の 国指定重要文化財「竹林豹虎図」の 展示もあり、ガラス越しですが”本物”が見られたことを考えると、これを戦災に合わないよう未来に残すために疎開させた人々の努力は敬服するしかありません。

本丸御殿

名古屋城内には茶席もあります。こちらも現在改修工事中で近づけませんが、柵から一番近い織部堂は外側だけ見られます。

織部堂(戦後の再建建物)

見学後は昨年できた金シャチ横丁で昼食をとりました。

天丼をいただきました。

こちらは昨年天守閣に入った時に展示してあった金鯱です。ほかにも鉄砲や鎧兜など展示してありましたがそれらはどこにあるのか見かけませんでした。